秘密結社GENZ、国際情報部

【パリミレニアム】


こんばんは(ほとんどの方は夜読むと想定してます。Cafe de nui だし、ね。)
世を忍ぶ仮の職業?(残念ながらロイズのエージェントでも海軍中佐でもありませんが)の方が忙しく、ずいぶんと間が空いてしまいましたが、秘密結社GENZドイツ駐在国際情報部員”不”定期報告の2をお送りします。

前回はイタリアでの ”ドッピョ カフェ ポルファボーレ”=「エスプレッソ、大盛り!」の注文のし方をご紹しました。今回はそのフランス語版からどうぞ。

”アン ドゥーブル エクスプレッソ シルヴプレ”

ドゥーブルは英語のダブル(Double)と同じスペル。エスプレッソはフランスでは”ク”が入って”エクスプレッソ”。エスプレッソの語源、エクスプレス(特急)により近い言葉になってます。(アンは”1つ”2杯なら”ドゥー”。シルヴプレは”プリーズ”の意。念の為)

年末年始を一人、パリはリュクサンブール公園近くのホテルで過ごしていたので、毎日カフェで(こう書くと、なんか優雅ですねぇ)これを連発しておりました。

ちなみに「お勘定お願い」は ”ラディシオーン シルヴプレ” この2つだけ知ってれば、貴方もフランスでエスプレッソが思う存分飲めるのです。”味塩、新聞くれ”とか”朝汐、しもぶくれ”と憶えてしまいましょう。

そういえば、掲示板の方に”ドイツでのコーヒーの(エスプレッソではなくコーヒーの)頼み方は雑学の方に”とありましたがいずこに?? 念のため書いておきますが、ドイツは”アイン カフェー ビッテ”です。2杯な
ら”ツヴァイ カフェー ビッテ”ですね。(お勘定お願い、は”ツァーレン ビッテ”です。ヨーロッパでは一般的に、いわゆる レジ のような物は無く、ウエイター/ウエイトレスを呼んでお勘定してもらうので”お勘定お願い”は必須です。)

ただ、経験上。ドイツではイタリア料理以外の”レストランで”食後のコーヒーの味には期待しないほうが良いと思います。ホームページの掲示板の方に”ドイツの濃いコーヒーが・・・””ドイツ北欧が良い豆を・・・”という記述がありましたね。豆の質の良し悪しは僕のような素人にはわかりませんが、ドイツの”レストランで”出るコーヒーは”味が薄い”というのが経験上一般的です。

また、ドイツではエスプレッソと普通のコーヒーはわかれていますので、イタリアの様に”カフェ”と言えばエスプレッソ、とはなっていないので要注意です。エスプレッソが飲みたければ、ちゃんと”アイン エスプレッソ ビッテ”と言いませう。(ビッテビッテと連発しましたが、これはプリーズの意。正確な発音は”ビッテ”と”ビッツェ”の中間くらいに聞こえる。)

”レストランで”と強調したのにはワケがあります。ドイツでコーヒーもしくはエスプレッソを飲むなら、是非ともレストランではなくカフェに行きましょう。何故かそっちの方が旨いから、ね。

さて、今回のメインはパリで過ごしたミレニアムのレポートです。もうずいぶんと古い話になってしまいましたが。

普段、仕事の出張ではドイツから飛行機で行ってしまいますし、昨年の夏休みには、日本からの連絡員”S”とロンドンまでの道のりを、クルマでフランスを通り抜けて行った事があるので、「今回は列車の旅」とシャレ込みました。(シャレ込むって言葉、既に死語でしょうか?)

しかしながらそこには僕を待ちうける、困難の数々が・・・と書くとホントにスパイ小説の様ですが、これがまた実際、007シリーズ映画化第2作「ロシアより愛を込めて」か、はたまた「オリエント急行殺人事件」か・・・という様な波乱万丈の旅だったのです。(大袈裟だなぁ)

クリスマスの頃に、フランス・ドイツを襲った嵐(ストーム―ドイツ語ではシュトルム)のおかげで、乗った列車がドイツ―フランス国境の町、ザールブリュッケンで止まってしまい、バスでの振替輸送となってしまったのです。日本でなら、こんな時にはチケットを買う時にインフォメーションがありそうなものですが、一切全く無し。(ヨーロッパはどこもこんなモンの様です。時間も不正確なので、列車の旅でも時間は読めません。)ザールブリュッケン手前で車内放送あるも、フランス語とドイツ語のみ。カフェとレストランと買い物でしか効力を発揮しない僕の語学力では全く意味不明。ザールブリュッケン駅到着と同時に車内の人がみんな降りていくので不安になり、近くにいた人に英語で強引に訳を聞き出し、バスへと向かい、どうにかまるで難民輸送車状態の観光バスに乗りこむ事ができました。しかしラッキーなことに2階建ての観光バスの2階最前列の席を確保でき、期せずして、列車だけでなくバス旅行まで楽しめてしまったわけです。

さて、なんとか予定の2時間以上遅れでパリに到着。着いた時は既に夜でしたが、メトロでホテルのあるリュクサンブールに向かい、サンジェルマン通りを歩き、エッフェル塔をはるかに望める高台の、パンテオンという今は偉人達の墓になっている元教会、その脇にあるジャン‐ポール‐ベルモントのような顔をしたコンセルジュのいる小さなホテルにチェックインしてやっと一息。翌朝町に出てみると、所々にストームの爪あとが・・・(写真参照)

<増水中のセーヌ川。本来は両岸に散歩の出来る歩道があるが、完全に水没の図>
因みに後の写真の中央部に写っている緑色の箱は、パリに行ったことのある方なら御存知の、セーヌ川沿いに出店している古本屋さんの屋台(?)を模した、橋のライトアップ用のサーチライトボックス。こういうところにも景観に対する配慮が伺えます。



 その時はもうクリスマスは過ぎてましたが、来たる一大イベント”ミレニアム”に向けて、大特急で復興中、という感じのパリの町を連日歩き回り、いよいよ迎えた大晦日。その日も僕はデファンス地区(次回詳しい報告予定)シャンゼリゼ等を歩き回り夕方にはエッフェル塔の前へ。既に大変な人だかり、警察も出て交通規制が始まり、嫌が上にも”その瞬間”への期待感が膨らみます。

<大晦日夕暮れのシャンゼリゼ通り。雨天なれど、とんでもない人出。身動き取れず。>

 


<これはまだリハーサル。”ミレニアム”7時間前のエッフェル塔対岸とエッフェル塔>この後”J-7h”(7時間前)を表示しているデジタル表示が故障。しばらく一部を除いて点灯せず。


 

 エッフェル塔前のあまりの熱気に、「腹ごしらえをしてから、夜中にまた来よう」と思い、一旦ホテルへ。
尚、その日の僕の移動は全て徒歩かメトロですが、大晦日午後から、元日午前中まで、メトロは全て無料!まさにイキな計らいって奴ですね。営団地下鉄さんあたりもやってほしいもんです。ちなみにパリのメトロは基本的にパリ圏内(日本の山の手線区内みたいな物か?)は格安(8フラン―160円くらいだったかな?)均一料金です。鉄道網も営団地下鉄並に発達していて、地名さえ読めるようになれば、とても便利なものです。ただしスーツケース等の大荷物の持ち込みは避けた方がイイでしょう。改札口(自動)がとにかく狭いのです。大相撲パリ巡業の時はどうするんだろう?と余計な心配をしてしまいます。

まず肝心の腹ごしらえに一苦労。大晦日はどこも予約で一杯なのと、ミレニアムメニューしかない(高額!日本円で一万円以上!)と言うところ等々ばっかり。やっとブラッセリー(カフェとバーとレストランの中間みたいなモノ)の片隅で食事にあり付いて一息。そこもサンドイッチみたいな物しかなかったんですけどね。でも、フランスのサンドイッチはおいしくてイイですよ。

さて、夜も更け、11時頃にはホテルを出て、またもメトロでエッフェル塔へ向かったのですが、乗り換えてエッフェル塔方面へ行く列車が待てど暮らせどやってこない。どうも、あまりの人出で止まってしまった(むしろ意図的に止めている)様なのです。時間は既に11時半を回っている、しかもそこで外に出てもその場所からはエッフェル塔は見えない位置。さてどうする?

ホテルの前からならエッフェル塔が見える。が時間が無い。急いで歩けば”その時間”までにぎりぎり戻れるか。 というわけで、急遽夜のサンジェルマン通りを小走りに登り、ホテル前へ息を弾ませて戻ってみると、出た時には誰もいなかったそこが、黒山の人だかりに!いつのまに?どこから? ともあれなんとか間に合った。誰とも無く始めるカウントダウンの唱和。もちろんフランス語。”トロア〜!、ドゥー!、アン!”

カウントダウンに合わせて、エッフェル塔下部より花火が1秒1段ペースで上がって行きます。水平方向へ広がる花火が、まるで塔を中心とした水面の波紋の様です。それが、”ゼロ!”の声と共に頂上へ上り詰めた瞬間。エッフェル塔はまさに火ダルマと化しました。遠くからではほとんど火災の様相。同時に先端からサーチライトの光条がまわり始め、これにて新年の瞬間を祝います。僕のまわりでも花火の音、シャンパンを抜く音、キスを交わす老夫婦、それぞれにその瞬間を感じ、楽しんでいる様子。いや、来て良かったぁ〜と心底思った瞬間でした。

<写真が遠くて申し訳ありませんが 直前、瞬間、直後、の3葉です。>

 

実はつい先々週末も、パリへ仕事で2泊してきたのですが、同僚のフランス人に案内してもらった、ビルの7階にあるレストランの窓から、エッフェル塔が間近に望めます。ミレニアムの時、花火の後は電飾で輝いていたエッフェル塔ですが、その後は時報代わりに電飾を使っているらしく、1時間毎にキラキラと全身を光らせていました。(因みにそのレストラン、シェフは元ミッテランのお抱え!という所ですが、ジーンズで行ける気さくなお店でした。あまり知られてはいない様ですが、味はまさに絶品。値段も内容を考えたら高くはありませんでした。持つべきものは”現地人の”友、ですね。)

それではまたいずれ。この次の不定期報告は、そうそう間を空けない予定、です。
相変わらずの乱文失礼。
11/MAR/'00  ドイツより 情報部員 I




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